2016年11月8日に発生した福岡博多駅前陥没事故では、福岡地方の建設関係の方々が総力を結集されて復旧工事が行われ、埋め戻しやインフラを復旧させて13日に地表面まで埋め戻され、14日にはほぼ復旧の運びとなりました。工事関係者が力を結集されて、こんなに早く工事を完成されたことは本当に日本の建設業の実力を示され、素晴らしいことだったと思っています。しかし、今、道路が陥没していく映像や陥没した地盤が非常に早く復旧していくことに目を奪われているが、これからが問題で、非常に重要なことが残されています。
小職は、個人としては十分な資料を集めることはできませんが、マスコミで報道されていることに少し疑問があり、この様な事故が起きた時に一般的に問題となる事項を記しておきたいと思います。
1.地盤内にトンネルを構築した場合、地中の応力とトンネル外側に生じる塑性域
① 応力を持つ地盤内に円形状の断面を持つトンネルを掘削すると、円周方向と円周直角方向の応力差から掘削の内面から塑性域(簡単には地盤が軟らかくなり、変形が進行する領域)が生じる。この塑性域の厚みは地盤の強度によって異なり、強度が大きければ塑性域が小さく、強度が小さければ大きくなる。
② 強度にバラツキが有れば塑性域の厚みもバラツキ、時間依存性のある弾塑性体では時間と共に塑性域が広がっていくこともある。
③ この為、トンネルを構築する周辺地盤の強度や変形特性は非常に重要である。また、地盤内の応力が決定されるトンネルの深さ、硬い地盤の表面の深さやトンネル上面までの厚さも非常に重要である。
2.陥没事故現場の地盤
① 新聞やテレビ等のマスコミの報道によりますと、トンネルを掘削している地盤は岩盤となっているが、土丹と呼ばれるものではないでしょうか?
② 岩盤層の表面はトンネル掘削方向に対して同じ深さが続いているのでしょうか?
③ 以上の点はトンネル構築上非常に重要である。
3.土丹層の性質
① 土丹は粘土が非常に長い年月で固結され、非常に硬い岩盤状になったものだと考えている。土丹層の深いところでは非常に強固なもので、周辺のビルのような基礎杭を支持するに十分な強度を持っていると考えられる。
② しかし、土丹層の表面近くでは、長年の間に地下水や応力の変化等の影響で性質が変化して強度が弱くなり、また、弱くなる程度は土丹の性質によって変化する、と考えられる。従って、強固な土丹層の表面は微妙に変化するものと考えられる。
③ 更に、土丹層で、今までかかっていた応力が解放される場合や掘削表面が空気に晒されると土丹層の強度が弱くなることも考えられる。
4.地盤調査について
① 地盤調査法で最もポプラーな方法は標準貫入試験と言われるもので、質量63.5kgの重りを76cmの高さから自由落下させてサンプラーを30cm貫入するに要する打撃回数(N値)を求めるものである。
② この試験では、砂の性質を比較的正確に求めることが出来るが、粘土の強度や沈下性状は正確に求めることは出来ない。しかし、非常に早く、安価に実施できることから一般的に良く使われている。
③ このように非常に早く安価な試験にも拘わらず、一般的にプロジェクトの全体の費用に比べ、調査に使われる費用は非常に小さい傾向がある。
④ 特に、道路やトンネルのように延長が長いプロジェクトではボーリングの数が限られてくることが多い。
⑤ 一方、陥没現場付近は多くのビルが建設されており、地盤調査結果も多数存在していると考えられるので、これらの調査結果を収集すれば地盤の概要は十分得られるものとかんがえられる。
⑥ 以上、新しく得られたデータと既往のデータからかなり正確に付近の地盤の概要が把握できると考えられる。
⑦ 当該の工事は都市部の地下鉄工事で、特に、硬い地盤の上部でトンネルとの厚みが少ない場合であり、出来るだけ多くの資料の収集や精密な調査が必要と思われるが、十分なされたのでしょうか?
5.NATM工法の原理と当該のトンネルへの適用性
① 掘削した部分を素早く吹き付けコンクリートで固め、ロックボルトを内部の安定した岩盤層まで打ち込むことにより、すなわち、幾分不安定になるトンネル内面付近と安定している地山とを結びつけて全体として安定した地山を構築し、地山自体の保持力を利用してトンネルを安全に掘削する工法と考えている。
② 今回の報道によると、トンネルの上面からわずか2メートルのところに岩盤と言われる層の上面があり、トンネルの上半分を掘削中で、半径は数メーター、また、掘削工法はNATMが使われていたと報道されている。
③ この場合、先ず疑問に思うことは、トンネル上部の硬い層の層厚が2メートルで、数メートルの幅のトンネルを掘削する時、NATMの掘削理論が使えるのだろうか?
④ NATMでは、単にロックボルトを内部に打ちこむだけでなく、真の目的は安定した地山自体の保持力が発揮できる状態にすることである。
⑤ NATM工法は経済的な(安い)工法である。トンネルは基本的には完成時は施工法によらず安定であり、安全であればコストをかけず施工するのがよいが、この場合費用は主に市民国民の税金であろう。担当者は予算に縛られたかもしれないが、正しい施工や力学理論の適用により、コストを削減しながらも適正な調査や施工にコストをかける必要があると思う。発注担当者、施工者が前もって分かっている陥没のリスクの程度をどこまでとるかの判断の妥当性も問題であろう。
6.陥没部の復旧前後の現場の状態
① 報道された映像から判断すると、陥没現場のビル側は10m程度直立している。
② 土、特に砂質土は直立することが出来ないので、ビルの工事中に残されたものか?土留め壁が存在していたと考えられる。
③ この様な状態であれば、この壁はビル側から陥没現場側に一時的ではあるが土圧受けることになる。
④ 陥没現場の道路に面したビルで、基礎形式は不明であるが、鉛直方向は杭で支持されているはずなので、沈下などの影響は少ないと考えられるが、水平方向は土中の応力が減少して土の強度も弱くなり、また、地下水圧も変化するので、何らかの影響が出ると考えられる。
⑤ このような事故が起った時、事故発生後復旧工事が終わるまで、例えば、土留め壁、ビルや地盤等の変形を測定すれば原因究明に役立つものである。
⑥ 今回の復旧工事で、陥没の底面には濁水で満たされていて底面の状況が分からないまま、流動土を流し込まれ復旧を急がれました。現場が主要な道路上であった事を考えると、一つの立派な対策であったと考えられる。
⑦ しかし、濁水の底面に溜まっていたであろうと推定されるヘドロの厚さ、流動土が入っていかない空間の存在、上部の土砂の締め固め方法など、これから長期にわたる変形等が生じる可能性もある。
⑧ 今後は、「降雨や地下水の回復が長期的に付近のビルや地盤にどのように影響を及ぼすか」について、付近の十分な計測がなされ、事故原因の究明に役立たせることが望まれる。