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福岡陥没事故について思うこと

平成29年3月30日に事故原因究明の最終委員会が開かれ道路陥没事故の原因などが示されました。これから工事再開に向けてより安全な方法で行われることを期待するものです。

ここで、私は長年地盤と構造物の相互作用の数値解析に携わってきた技術者として、事故の原因究明の一助になればと考え、円形トンネル掘削後の地中の応力や塑性域の広がり等の技術的な問題と最近の公共事業で良く採用されている専門家による委員会の責任体制等について述べることにします。

1.トンネル周辺の地盤の応力

  • 図-1はトンネル掘削直後から塑性域の形成されていく様相を示している。トンネルの掘削面近傍では、青線(線1)で示した様に、円形に沿った方向と直角方向の応力差から降伏が始まり、塑性域が次第に広がって最終応力(線7、これ以上塑性域が広がらない応力)のところまで広がっていく。塑性域での二つの応力の差は降伏荷重にリンクするものであり、この応力差は弾性域では降伏荷重より小さな値となっている。

20140412_fig_1

図-1

  • トンネルのNATMの原理は不安定な降伏域と弾性域をボルトで結合し、全体として安定した断面を形成するものと考えている。したがって、トンネル上面の硬い層の長さが掘削によって形成される塑性域に比べ十分大きいことがNATMの適応する基本的な条件と考えている。また、ボルトがない都市NATMの場合、支保工のアーチアクションで塑性域を支える。

2.地盤の強度やトンネル断面の大きさと塑性域

  • 図-2は地盤の強度と塑性域の大きさの関係を示している。当然のことながら強度が大きければ塑性域は小さくなり、小さければ塑性域が広がる。

20140412_fig_2

図-2

  • また、トンネル断面が大きくなればそれに従って塑性域も大きくなる。
  • 以上のことから、地盤の強度やトンネル断面の大きさはトンネル掘削の安定性は勿論のことNATM利用の可否を決定する重要な要素である。
  • 以上の解析例は相当昔に行ったもので、今回の問題に対して解析したものではないが、定性的には陥没事故の原因解明には役立つのではないかと考えている。
  • 都市NATMでは高度な数値解析と的確な補助工法をもって、比較的軟弱な地盤に対するリスクに対応していると考えられる。

3.事故原因解明や今後のトンネル掘削の方法を決定に当たり重要と考えられる項目

  • 上述したように、トンネル掘削地盤の強度は最も重要な項目である。特に、非常に交通量の多い市街地での工事であるので、より正確に地盤の強度を求めねばならない。
  • 事故調査委員会が出された強度の値はあまりにもバラツキが多いのではないか?
  • もしこの様なバラツキの多い値しか提供できないなら、強度は平均値ではなく、最も低い値を用いて安全性を論ずるべきと考える。
  • 掘削されるトンネルの頂部から硬い岩盤層がどの程度存在するかも非常に重要である。現地の地盤は上部の柔らかい層から硬い層に変化しているのであるが、ある深さで急激に硬くなる箇所もあれば、柔らかい層から硬い層に徐々に変化していく箇所もあると考えられる。
  • 十分な追加調査を行って、この岩盤層の厚さを決定されるべきと考える。
  • 今回のトンネルで、トンネル頂部からの岩盤の厚さを増やすために部分的にトンネル頂部の高さを下げられているが、これは上記の塑性域を増やすだけで、全く意味のないことである。またアーチアクションも効きにくくなる。
  • 数値解析については報告者案には万能ではないので頼るべきではないと記述されている。しかし、この業務では、全応力に基づいたFEMで解析がおこなわれており、現在の解析レベルから判断すると、解析はpoorである。地盤の解析には有効応力でしっかりした構成式を使用する解析を行うべきである。また、地下水位等自然条件や施工条件も施工時期により異なるので、設計時とは別にリアルタイムで高度な解析を行うシステムを準備して施工を行うべきであったと思う。
  • 薬液注入は障害物があり、止めたとみられるが、これは致命的ではないかと思われる。水みちを塞ぐのにしっかりした薬液注入が必要でなかったか。障害物の位置等は事前に試掘調査等で把握できるので対応可能と思われる。駅前の道路で地下に障害物がない方がおかしい。

4.責任体制

このトンネル掘削のプロジェクトの責任体制について考える。

  • 今回の様に、行政側の行う土木の工事では、設計監理の作業に含まれる企画・計画、設計、施工管理等の作業の大部分が外注されているにも拘わらず、形の上では、作業は全て行政府側で行われたことになっている。設計図書の著作権の問題も含め、土木コンサルタントは部分的な補助作業を行っているに過ぎない。
  • 行政側の技術者は設計の責任は行政側で取るものであるという認識があるのかどうか?
    土木コンサルタントも行政側や専門委員会の先生方の意見に対し、指示を待つのではなく、しっかりと担当技術者としての意見を述べられたのかどうか?
  • 施工業者はトンネル工事に関しては最も経験があると考えられるので、今回の様な市街地の掘削に対してどのような意見をもっておられたのか?
  • 設計施工分離型の発注であっても施工経験を生かした意見を述べられたのか?
  • リスクを承知で受託した経験豊富で技術力あるとされる施工会社に施工を一任されたように見える。本来なら、行政側技術者、専門委員会のメンバーは毎日の施工記録を点検検討し、日々の施工計画の可否を判断する必要と責任があったと思う。
  • 数値解析等の理論的なサポートもなく、補助工法の適用も制限された施工業者はちっと掘っては落ちなかったら先に進む、という方法では危機管理に非常に問題があったのではないかと思う。このトンネルのような力のつり合いでの安定の場合は、予兆はほとんどなく、崩壊の進行は急激であるのはある意味常識であろう。

5.専門委員会のあり方とオーナーズコンサルタント

  • 行政の技術者は専門的なところは学識経験者で構成する委員会等を活用する場合が多い。問題はこの学識経験者の皆様が自分の責任、すなわち、先生方の意見は絶対的に正しいと世間も行政側も受けとめられていることを十分認識して委員なっていられるかどうか?
  • 委員会の先生方の述べられる意見が現場で完全に実現できるかどうか、も大きな問題である。行政の技術者が学識経験者の意見を十分認識し工事に生かしていくことが出来るかどうかということも考慮されねばならない。
  • 行政の技術者の数が少ないうえに、分野ごとの行政組織の壁があり、分野を超えた経験ができにくいということがあると考えられる。これが今日多くの分野に関係するプロジェクトに問題が発生する原因の一つであるかと思われる。
  • 日本の学識経験者も欧米の先生方の様に、プロジェクトの早い段階から参画され、担当技術者と十分議論され、また自らも設計や解析の作業を担当されて、先生方が持っていられる学者レベルの高い技術力を実際のプロジェクトに生かしていくことが日本全体の技術力の向上に役立つものと考えている。
  • この様な制度を確立するためには、日本においても学者レベルの技術内容が理解でき、且つ、実際の工事についても理解できるオーナーズコンサルタントの制度を育成することだと考えている。
    以上